【6STEP】TCFD新ガイダンス、企業のシナリオ分析実践ポイント

2022年04月28日

TCFDは、先進国では制度化されるなどグローバルの新たなスタンダードになりつつあります。そんな中、2021年10月にTCFDの新ガイダンスが公表されました。ここでは、TCFD新ガイダンスの内容と、TCFDに取り組むうえで重要なシナリオ分析のポイントについて分かりやすく解説します。

本コンテンツは、環境省の「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド ver3.0 ~」を基に作成しています。
詳細につきましてはこちら をご確認ください。

【目次】

TCFDとは


シナリオ分析を行う意義


シナリオ分析実践6つのポイント


■STEP1:シナリオ分析を始める準備(ガバナンス整備)


■STEP2:リスク重要度の評価

■STEP3:シナリオ群の定義

■STEP4:事業インパクト評価

■STEP5:対応策の定義

■STEP6:文書化と情報開示

企業のシナリオ実践事例

事例①:信越化学工業株式会社


事例②:カゴメ株式会社

事例③:アスクル株式会社


まとめ

TCFDとは


TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とは、2015年にG20からの要請を受け、FSB(金融安定理事会)により設置された民間主導の気候関連財務開示タスクフォースです。

TCFDでは、一般的に「TCFD提言」と呼ばれる以下4つの項目の開示を推奨しています。
・ガバナンス
・戦略
・リスク管理
・指標と目標

2021年10月、TCFDは「指標、目標と移行計画に関するガイダンス」を公表しました。
これは、2017年6月に発表された「TCFD提言」の一部を改訂するもので、先の4つの開示項目の内、「戦略」と「指標と目標」の2項目で変更が加えられました。

新ガイダンスでの主な変更点は以下の通りです。

スライド1.JPG

TCFDに賛同することで、気候変動への取り組みを対外的にアピールできたり、国内で行われている研究会やコンソーシアムに参加することで他企業と情報交換を行うことができます。

TCFDについて詳しくはこちら

23657700_s.jpg

シナリオ分析を行う意義


TCFD提言では、全ての企業に対し気候変動による財務への影響の開示を求めています。
シナリオ分析は、気候変動などといった長期的で不確実性の高い課題に対し、組織が戦略的に取り組むための手法として有益であり、TCFDもシナリオ分析による情報開示を推奨しています。
特に、気候関連リスクが懸念される業種においては、重要シナリオの前提条件も含めての開示を求めています。

また、特定の目標を達成する為にPDCAサイクルをまわすだけでは、将来の変化に経営戦略が即応できなかったり、将来の見立てについて水掛け論だけでおわってしまう可能性もあり、結果的に事業自体が変化に対して柔軟に適応できない可能性があります。 すなわち予測できない未来に対して、あらかじめあらゆるケースを想定して備えておくことで、環境の変化に柔軟に対応した経営を行うことがシナリオ分析の意義とも言えます。

スライド2.JPG


23070844_s.jpg

シナリオ分析実践6つのポイント


TCFDではシナリオ分析にあたり、以下6つのステップで行うことを推奨しています。

STEP1:シナリオ分析を始める準備(ガバナンス整備)

STEP2:リスク重要度の評価

STEP3:シナリオ群の定義

STEP4:事業インパクト評価

STEP5:対応策の定義

STEP6:文書化と情報開示


スライド3_r.jpg

STEP1:シナリオ分析を始める準備(ガバナンス整備)

シナリオ分析を始める前に、準備として社内の巻き込みと分析の対象となる範囲や時間軸の設定が必要です。

具体的には、以下の流れになりますが、この準備の段階で重要なのが経営層に気候変動をどのようにインプットしていくかです。

経営陣にTCFD提言に対応することの意義を理解してもらう
        ↓
シナリオ分析実施の体制を構築する
        ↓
シナリオ分析の対象範囲を設定する
        ↓
具体的な将来(何年)を見据えたシナリオ分析を実施するかを選択する

シナリオ分析を初めて行う企業は、まずはシナリオ分析の実施を経営層含め社内的に合意形成をし、各事業部の協力を仰ぎ、いかにシナリオ分析の体制を整えられるかが重要です。
一方で継続的にシナリオ分析に取り組む企業は、前回のシナリオ分析結果を経営層・担当部署の責任者に理解してもらい、シナリオ分析の対象範囲や体制の拡大を目指すことが重要です。

STEP2:リスク重要度の評価

シナリオ分析の準備が整った後は、気候変動の影響により企業が直面しうる様々なリスクと機会について、将来的に財務上の重要な影響を及ぼす可能性があるか、組織のステークホルダーが関心を抱いている事象かといった視点で検討し、自社にとっての重要度を評価します。

具体的には、以下の流れになりますが、この段階では業界・自社目線でリスクを取捨選択すること、リスク重要度評価をどの程度おこなうかがポイントとなります。

対象となる事業に関するリスク・機会項目を列挙する
           ↓
列挙されたリスク・機会項目について、起こりうる事業インパクトを定性的に表現する
           ↓
リスク・機会が現実のものとなった場合の事業インパクトの大きさを軸にリスク重要度を決定する

シナリオ分析を初めて行う企業は、業界・自社にとって重要な気候関連のリスク・機会が特定できていることや、リスク・機会の具体的な影響について想定できていることが重要です。
シナリオ分析に継続的に取り組む企業は、既に実施したシナリオ分析の結果について、投資家との対話を踏まえ、業界・自社にとって重要な気候関連のリスク・機会、リスク・機会の具体的な影響について、事業部や外部有識者の意見も仰ぎながらどこまで具体化できるかがポイントです。

STEP3:シナリオ群の定義

このステップでは、どのようなシナリオが組織にとって適切なのか、存在するシナリオ群の中からどのシナリオを参照すべきか、という視点とともに、組織に関連する移行リスク・物理的リスクを想定した複数のシナリオを定義します。

具体的には以下の流れで行いますが、この段階では情報量や汎用性の高さ、競合の事例を加味しつつ、どのシナリオを選択するか、自社内の関連部署とシナリオの世界観をどうすり合わせていくかがポイントです。

シナリオの選択
   ↓
関連パラメータの将来情報の入手
   ↓
ステークホルダーを意識した世界観の整理

シナリオ分析を初めて行う企業は、信頼性のある外部シナリオを使用しつつ、2℃以下を含んだシナリオを複数選択し、社内で合意形成を図ることが重要です。

STEP4:事業インパクト評価

このステップでは、「STEP3シナリオ群の定義」で定義したそれぞれのシナリオが、組織の戦略的・財務的ポジションに対して与えうる影響を評価します。

具体的には以下の流れで行いますが、この段階では試算に使用可能な社内の内部データの検討、定量的に試算できないものの取り扱いがポイントで、数値の精度を追求しすぎないことに留意する必要があります。
使用する内部データの例としては、「事業別/製品別売上情報」「操業コスト」「原価構成」「GHG 排出量情報」等、事業部等が通常使用しているデータを用いることで、より企業の実態と近い試算を出すことができます。

リスク・機会が影響を及ぼす財務目標の把握
       ↓
算定式の検討と財務的影響の試算
       ↓
現状の財務項目とのギャップを把握

シナリオ分析を初めて行う企業は、重要なリスクに対して可能な限り定量的に事業インパクトを試算し、現状とのギャップを大まかに把握することがポイントです。事業インパクトの算定方法や、金額に事業部が納得感を持つよう事業部をいかに巻き込めるかといった視点も重要となります。

STEP5:対応策の定義

このステップでは、特定されたリスクと機会への対応策として、「ビジネスモデル変革」「ポートフォリオ変革」「能力や技術への投資」等、適用可能で現実的な選択肢を特定します。
ここでは、戦略的・財務的な計画にいかなる修正が求められるかについて検討しておく必要があり、STEP3で作成した複数のシナリオを基に、事業環境がどのように変化しても対応できるよう、幅広く対応策を模索する事が重要です。

シナリオ分析を初めて行う企業は、対応が必要な重要なリスクを特定し、特定したリスクに対する自社の現状の対応を把握すること、重要なリスクに対する今後の対応策の方針を定めること、対応策・シナリオ分析を今後実施する上での大まかなロードマップを作成することが重要です。

STEP6:文書化と情報開示

このステップでは、「STEP5 対応策の定義」までに検討した内容を適切に文書化して情報開示を行います。TCFD提言の開示推奨項目におけるシナリオ分析の位置づけや、各ステップの検討結果を開示内容に盛り込むことで、適切な開示と企業価値の向上に繋がります。

具体的な以下の流れで行いますが、この段階では読み手目線で開示することが重要で、その際「TCFDガイダンス」等を参照することも有効です。

TCFD提言の開示推奨項目とシナリオ分析の関係性の記載
       ↓
各ステップの検討結果の記載
       ↓
リスクに対する自社の対応方針を記載

初めてシナリオ分析を行う企業は、TCFD提言の開示推奨項目とシナリオ分析の関係性を記載すること、重要なリスクに関して各ステップのシナリオ分析の検討結果を記載すること、リスクに対する自社の対応方針を明確に記載することがポイントです。

画像2.png

企業のシナリオ実践事例


ここまで、TCFDシナリオ分析を行う意義と実践のポイントについてお伝えしました。
既にシナリオ分析に取り組んでいる企業はどのように行っているのでしょうか。セクター別に3つの事例をご紹介します。

事例①:信越化学工業株式会社(素材セクター)

信越化学工業株式会社は電子・機能材料や、半導体シリコンなどを製造している日本の大手化学メーカーです。同社は2019年5月にTCFD提言の支持を発表して以降、中長期の複数の気候変動予測と将来シナリオを基に、自社のリスクと機会を分析し、財務への影響度を開示してきました。

同社はTCFDのシナリオ分析手法を活用し、IPCCの気候変動シナリオと組み合わせながら、2℃シナリオの場合、省エネ住宅普及による塩化ビニル樹脂製窓枠の需要増や、発電機の高効率化及びメンテナンスコストの削減に寄与するレア・アースマグネットの需要増を同社の大きな機会として捉えている 一方で、事業リスクとして、規制強化による電力価格の上昇に伴い、電力コストが増大する可能性があると分析し、自社が購入したエネルギーの製造時の排出を削減する等の対応策を盛り込んでいます。
さらに、4℃シナリオにおいては、異常気象による同社の生産拠点の浸水・サプライチェーンの寸断までもあり得ると分析し、そのリスクをヘッジする為、生産拠点の複数化や原材料の調達先の多様化などを対応策として盛り込んでいます 。

事例②:カゴメ株式会社(食品セクター)

カゴメ株式会社は、飲料、食品、調味料の大手総合メーカーです。同社は2019年に気候変動シナリオ分析を実施し、事業におけるリスク・機会を明確化しており、最も大きく気候変動の影響を受けると思われる調達と生産分野を中心に、2℃及び4℃の気温上昇時の世界を想定し、リスク・機会の抽出と対応策を検討しています。

2℃シナリオの場合、同社は多くの国・地域で炭素税が導入され、原料、容器包材等の価格高騰が同社の事業にとって大きな影響を与えるリスクがあると分析しています。またそのシナリオにおいては消費者がより強い環境問題意識を抱えており、環境負荷を考慮した購買行動を行っていると分析しています。その為、これらに対して同社はCO₂排出目標の達成に加え、更に野心的な削減目標を掲げる、という対応策を検討しています。

一方、4℃シナリオの場合、水価格の高騰や暴風雨など異常気象の激甚化が事業に大きく影響を及ぼすと分析しています。食品を扱う同社にとって気候変動による干ばつなどによる作物の収量・品質低下は大きなリスクであると認識し、気候変動に対応できる野菜品種の獲得や、データ活用等のスマート農業での気候変動対応をリスクヘッジとして検討しています。

事例③:アスクル株式会社(小売セクター)


アスクル株式会社は日本のEC(通販)事業者です。気候変動問題を事業に影響をもたらす重要課題の1つととらえ、経営戦略に取り入れ、グループ全体で気候変動対策に積極的に取り組んでいます。2019年3月には日本のEC事業者として初めて、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への賛同を表明しました。

同社にとって、気候関連課題は、原材料および商品調達から物流配送に至る事業上の重大事項です。特に重要商品のコピー用紙については、原材料調達から輸送・保管、商品利用までのリスク・機会項目を考察し、2℃及び4℃の気温上昇時の世界を想定し、リスク・機会の抽出と対応策を検討しています。

2℃シナリオの場合、同社は多くの国・地域で炭素税が導入され、再プラ規制・森林保護規制強化による原料価格高騰・再エネ普及による電力価格上昇が同社の事業にとって大きな影響を与えるリスクがあると分析しています。またそのシナリオにおいては消費者がより強い環境問題意識を抱えており、環境負荷を考慮したサステナブル商品・サーキュラーエコノミーへの需要増と分析しています。その為、これらに対して同社は物流施設・車両などからのCO₂排出目標の達成を掲げる、という対応策を検討しています。

一方、4℃シナリオの場合、洪水など異常気象の激甚化が事業に大きく影響を及ぼす一方で、暑さ対策・防災関連商品の需要増と分析しています。リスクについては、回避、および緩和を一層強固に行うための対応策を導出すると共に、機会については、積極的にビジネスへの取り込みを図っています。

まとめ


いかがでしたでしょうか。
シナリオ分析のゴールは、気候変動課題の対応と自社の企業価値向上を同時に実現することです。そのためには、シナリオ分析の実施に加えて、経営層との対話や成果の開示を継続的に実施することが重要です。
とはいえ、自社ですぐに全体の分析を目指すことは難しいため、一事業部を対象とした分析を実施したあと、徐々に全社への取り組みを広げていくなど段階的に充実させることが成功への一つ の手法です。 興味のある方は是非、詳しく調べてみてください。

TCFD が基準の一部改訂とガイダンスを公表 |大和総研
https://www.dir.co.jp/report/research/capital-mkt/esg/20211210_022704.pdf
TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド ver3.0 ~|環境省
http://www.env.go.jp/earth/TCFD_guidbook.pdf
サステナビリティへの多面的な取り組み|信越化学工業株式会社
TCFD提言への取り組み|カゴメ株式会社
News Release|アスクル株式会社
TCFD提言に基づく情報開示|アスクル株式会社


エバーグリーン・マーケティング株式会社では法人を対象に、エバーグリーン・リテイリング株式会社では個人を対象に、【再生可能エネルギーをもっと身近に、グリーンが当たり前の社会を目指して】CO₂排出係数をゼロにしつつ経済性も考慮した電気を販売しています。

また、販売代理店の募集も随時行っております。
詳しくはこちら。お気軽にお問合せください

毎日使うなら、環境に優しい方がいい。豊かな緑を子供たちに残そう。
エバーグリーン・マーケティングとエバーグリーン・リテイリングは、エネルギー事業を通じて持続可能な社会の実現に貢献してまいります。

一覧に戻る